TEL.025-246-0007
営業時間 11:00 a.m. - 19:30 p.m.
新潟の婚約指輪・結婚指輪 > コラム > ダイヤモンドの魅力 > マスターカッター・フィリッペンス・ベルト(Phillippens Herbert)

マスターカッター・フィリッペンス・ベルト(Phillippens Herbert)

フィリッペンス・ベルト(Phillippens Herbert)

BROOCHで取扱うダイヤモンドブランド「アントワープブリリアント(Antwerpbrilliant)」のセンターダイヤモンドは全て『フィリッペンス・ベルト氏』の手で最終研磨を施したダイヤモンドです。

1990年ダイヤモンド研磨技術の新たなスタンダードを確立させた研磨の鬼才「フィリッペンス・ベルト氏」その輝かしい経歴はこれまで彼が培ってきたダイヤモンド研磨にかける尽きない情熱と、あくなき探求心、そして仕上がりに対して妥協を許さない徹底的なこだわり、それを支える確かな技術力、天から与えられた特別な才能、すべてが揃って初めて成し得るものなのです。BROOCHでは2003年よりベルト氏のダイヤモンドを輸入・販売しております。取引開始当初様々な特殊カットを現役で手掛けるフィリッペンスベルト氏の名前を店舗単位で謳う事は出来ませんでした。

ダイヤモンドの研磨を担当するサイトホルダーから見ても1ct以下のサイズのダイヤモンド研磨を担当する職人にフォーカスを当てる事は今まで前例がなかったからです。それ迄の業界内で有名なダイヤモンドのケット仕上職人と言えば50ctや100ct、それ以上の大粒で有名な巨大ダイヤモンドを仕上げた経験の有る人物だけでした。これはヨーロッパの身分制度(カースト)の問題や取り扱うダイヤモンド原石のサイズによって係わる人種が変わる事が大きな原因なのですが、そんな事は私たち日本人には全く関係ない事である事を根気強く伝えた結果、2013年以降フィリッペンス・ベルト氏の名前をダイヤモンド研磨師として紹介出来るようになったのです。

ベルト氏の紹介をする前に彼の生まれたアントワープがなぜダイヤモンドにとって重要な場所なのか?を少し紹介します。

時は1447年、ブルゴーニュ公国(現在のベルギー・アントワープ)では、それまでとは明らかに違うレベルで「ダイヤモンドをダイヤモンドで磨く」革新的な研磨法が一人の研磨工「ルドウィック・ヴァン・ベルケム(Lodewyk van Berken)」の手で発見され話題となります。

ソーイングブレードやスカイフと呼ばれる鋼鉄の研磨盤を使用した新しい研磨法は当時最先端のダイヤモンド研磨法としてアントワープで発明されたました。

そのため14世紀アントワープはダイヤモンド研磨で世界的な名声を得ていました。

ルドウィック・ヴァン・ベルケムも時のブルゴーニュ公に仕える利き腕のダイヤモンド研磨師でした。ベルケムは2代フィリップ公と3代シャルル公と2代にわたって長く活躍します。

当時のダイヤモンドはベルケム達の活躍により【割る・切る・磨く】が可能になり希少な宝石素材として注目を集めていました。それまで人類の歴史上もダイヤモンドは「どんなに権力の強い王様」にも、自在に加工することは出来ませんでした。無理に衝撃を加えれば思わぬ方向に砕けてしまうダイヤモンド、どうにも加工できない出来ない事から”征服されざる者”という言葉「アダマス」を語源に持つのです。

実は人類史に最初にダイヤモンドが登場するのは紀元前7世紀、それから14世紀までの2000年以上ダイヤモンドは硬すぎて加工が出来なかったのです。その為、それ迄ダイヤモンドは装身具としてより護符やカーストの証としての役割が大きかったのです。14世紀以前のダイヤモンドのリングやネックレスは原石をそのままセットしたデザインが殆どなのですが、超硬素材過ぎて加工出来なかったという秘密が有るのです。

そんな超絶素材だったダイヤモンドを自在に磨く。世界で唯一の技術を確立し注目を集めたベルケムの下には様々な王族がダイヤモンド研磨のオファーを持ちかけました。超硬素材であるダイヤモンドはその表面を磨いただけの単純な宝石で来たが、そこから発揮される表面光沢は何よりも強く鋭い光を発していました。”悪魔は光を避ける”中世ヨーロッパでは特別な輝きを発揮する”研磨されたダイヤモンド”はたちまち人気となります。ダイヤモンドの宝石としての歴史がまさに始まった瞬間でした。

その後多くのダイヤモンド加工職人の試行錯誤によってダイヤモンド加工は進化向上し、現在の様な最高グレードへとたどり着いて行くのですが、それはまだまだ先の話になります。※加工の歴史コンテンツを参照ください。

ベルケムの活躍から550余年・・・そんなベルギー・アントワープのダイヤモンド研磨スピリッツを受け継ぐ数少ないダイヤモンドカッターの一人がフィリッペンス・ベルト氏なのです。

そして現代。1960年8月29日フィリッペンス・ベルト氏はベルギーのアントワープに生まれます。

当時のアントワープは世界大戦の復興に沸いており、中立国として欧州連合や国際連合に参加、経済的にも劇的な復興を遂げていました。ブルージュやアントワープもダイヤモンド研磨という地場産業で世界からも注目を集め、ベルケムから続くスピリッツを守り世界的なダイヤモンド研磨の基地として栄えており、研磨の聖地と呼ばれていました。

ベルト氏が生まれたデ・ケンペンにも多くのダイヤモンド研磨工場が有るだけでなくダイヤモンド研磨の専門学校まであったそうです。

デ・ケンペンには大小多くの研磨工場が軒を連ねていたことからこの地の主要産業として研磨に携わる人は尊敬されており、多くの子供が将来は立派な研磨工になることを普通に夢見て研鑽を重ねた時代だそうです。

ダイヤモンド研磨の分野で天才と称される事になる彼は、10代の時に兄弟の誘いもありダイヤモンド研磨工への道を志します。

そうしてすぐに頭角を現すと、地元デ・ケンペンでは知らない者のいない天才研磨工への道を歩み始めるのです。

常人には複数年かかっても習得困難なダイヤモンド研磨における様々な分野を、人並み外れた速度で取得しわずか数年でダイヤモンド研磨技術の全てを習得してしまいます。

そしてマスターカッターとなったベルト氏はより高い表面研磨、対称性、ファセットの一致を求めるようになり、当時誰にも成し得なかった至高の輝きを求めて80年代はダイヤモンド研磨の作業クオリティーの向上に没頭していくようになります。

1970年代ダイヤモンド研磨の教科書と言えば”マルセル・トルコフスキー氏”著のダイヤモンドデザインでした。ダイヤモンドの光の屈折値から導き出されたアイディアルカットの設計図はダイヤモンドのグレーディング機関GIAもその教科書に採用していました。(ベルト氏は数学者では在りませんのでダイヤモンドの研磨図を自分で設計できません。)しかし、トルコフスキー理論の通りにダイヤモンドを仕上げても鑑定鑑別機関でダイヤモンドのカットグレード最高を獲得することは出来ませんでした。ベルト氏に限らず当時名うてのダイヤモンド研磨者やカッターが挑戦してもこの結論は変わりませんでした。1980年GIAはトルコフスキー理論IDEALの不完全性を指摘、ダイヤモンド研磨の教科書からこの理論を排除します。そして不完全だった部分を修正したエクセレントカットを発表することに成るのです。

GIAの研究は実に8年もの月日を費やします。そして1988年それまで理論は有ったものの、未だに誰も達成していなかったラウンドブリリアントカットにおける最高グレード、エクセレントカット(ExcellentCut)の概要がついに発表されます。

しかし、超硬素材でもあるダイヤモンドは設計図が仕上がったからその通り直ぐ仕上げる事が出来るわけでは在りません。世界で最も硬い物質であるダイヤモンドには研磨可能な方向には限りが有るのです。GIAの発表したエクセレントカットはそれ迄の研磨ノウハウでは解決できない難問を抱えていました。その為、エクセレントカットは誰にも達席でいない超難関となったのです。

1988年当時ダイヤモンドの加工はイギリス、ベルギー、オランダ、アメリカがその覇権を競っていました。技術的に拮抗していた4拠点では誰が一番最初にエクセレントカットを達成するのか?に注目が集まっていました。しかし超硬素材であるダイヤモンドは並の加工技術では思う様に仕上げる事は出来ませんでした。

そして、当時のベルギー・アントワープのダイヤモンド研磨業界で、その類稀な才能で既に”アントワープにその人在り”と言われていたベルト氏の活躍が当時の工場長の目に留まります。アントワープではダイヤモンド加工の聖地としての威信と誇りをかけてどこよりも早くエクセレントカットを達成したいという想いが在った為、ベルト氏はおよそ2000名の上位技術を持つ研磨工の中からエクセレントカットの開発チームでリーダーとして選出されます。結成されたTOPチームは2年後の1990年にダイヤモンド業界の念願だったエクセレントカットを世界で初めて達成します。

1990年代はダイヤモンドのカットグレードにおいて「Very Good以上」がまだまだ極端に難しいとされた時代、ベルト氏は90年代に次々とエクセレントカットを成功させ、現在のスタンダード化への大きな足掛かりとします。

その働きはベルギーのダイヤモンド研磨技術と品質の高さを世界に印象付ける事に成功し、現在のアントワープをダイヤモンド加工世界一と言わしめる礎となります。その後1993年にベルト氏は、エクセレントカットの人気を不動のものにした「ハート&キューピッド」の研磨も成功させます。

この発見はそれまでは誰も気に留めていなかったクラウン部分とパビリオン部分のガードルを挟んだファセットの接合がポイントでした。

今では当たり前の事ですが、当時のダイヤモンド研磨理論ではダイヤモンドを横から見ての光の屈折を計算するものでファセットの一致は気にも留めていませんでした。これはGIAが発表したエクセレントカットの設計図もトルコフスキー理論のアイディアルも同様でした。パビリオンとクラウンの連続性を重視したハートアンドキューピッドではダイヤモンドをフェイスアップすなわち正面からの展開図で研磨するなど手法に対する考え方そのものも新しく、しかも専用のスコープで誰にでも簡単にダイヤモンド研磨の対称性の優劣が目視で判断できるという画期的なものでした。輝きの美しさを人間の目で目視した際には十分に濃淡が有る半反射の方が完全反射で濃淡の無い状態よりも美しいと感じる事が判っています。

その為この発見は瞬く間に人気を博し世界に広がり、ダイヤモンド研磨業界の新しい常識となり、現在もカットグレードの最高品位とされています。

このほかにも、フィリッペンス・ベルト氏は大手サイトホルダーからの依頼でこれまでに10種もの特殊カットを専属で研磨しており、現在現役で最も注目のダイヤモンドポリシャー(カッター)の一人なのです。

※ベルト氏はBROOCHとアントワープブリリアントの専属研磨師です他ブランド様で彼の名前を謳う事は今後もありません。

フィリッペンス・ベルトという”男”

フィリッペンス・ベルト氏は少年期に兄弟の誘いでダイヤモンド研磨の道を志します。小さな町工場でキャリアをスタートさせたベルト氏は人並外れた技術の取得スピードで技術を習得して技術向上して行きます。

1979年大手サイトホルダーの研磨工場へ移籍してさらなる高みを目指します。そして1980年頃からベルト氏は自身の研磨して仕上げたダイヤモンドが放つ『輝き』に注目し始めます。

それは孤高の研磨師となったベルト氏にしか感じ取れない特別な感覚でした。こうしてベルト氏は『ダイヤモンドの輝き』と真剣に向き合い始めます。

ダイヤモンドの輝きは大きく3つの要素のバランスで決まります。

全体の輝きブリリアンス(ファイヤー)、七色の輝きディスパージョン、星の様な表面反射する輝きシンチレーション。この3つのバランスはもちろんのこと一つ一つの要素をもっと極めるにはそうすればよいのか?そんな自問自答を繰り返しながら毎日毎日ダイヤモンドを研摩し向き合う日々・・そんな中、は進みます。

毎日毎日ダイヤモンドと向き合う、磨いて磨いて磨きぬく作業の中でベルト氏は究極の平面を目指し研磨します。すべては星が煌めきく様な一瞬の強い表面反射を生み出すため。

それは同時に研磨しすぎては失われてしまう光を意識し、より多くの色をダイヤモンドの中からストレートに呼び覚ます為に、研磨角度の追求と一つ一つのファセット面の一致。

ダイヤモンドが輝く為に存在する複数の要素を加味しながら仕上げていきます。

ダイヤモンドを仕上げる作業は時に矛盾し合う要素を同時にいくつも追いかける作業なのです。白い紙や鏡は光が全反射していますが、それとダイヤモンドの輝きは異なります。ダイヤモンドの輝きは元々半反射です。そしてその中出現する輝きの要素の掛け合いで特別な美しさを発揮するのです。これはGIAでもダイヤモンドの輝きのパフォーマンスを項目ごとに設定した測定器で”美しさ”を判断するのは間違っているとの見解を示している通りです。ダイヤモンドの美しさはその輝きのバランスによってもたらされるのです。

ダイヤモンドを宝石の王たらしめるために

ダイヤモンドの語源は『征服されざる者』という意味を持つ『アダマス』だと言われています。

人の力ではどうにも出来ないという意味を持つダイヤモンド。摩耗に対して超硬素材である反面、衝撃に脆く、落下や強く打つと簡単に割れてしまう事も・・・その比類なき硬さと脆さは 強大な権力を持った王侯貴族や優れた学者にもどうにも出来なかったのです。

そうしていつからかダイヤモンドは『宝石の王』と呼ばれます。

そもそも人類は宝石に様々な思いを寄せてきた歴史があります。

ある時は権力の象徴となったりの象徴だったり、決意や想いを込めてみたり、そして究極的にはの象徴として、、、造り物ではない美しさに心を惹かれるのは時代が違っても同じこと。

時に人の心を狂わせてしまうよな逸話を持つ魅惑の宝石ダイヤモンド。

そしてその中に眠る美しさを引き出すのは何時の時代も研磨者であるベルト氏達なのです。

何千何万ものダイヤモンドを見、それを使う人に触れ、一つ一つ違った個性を持つ原石と向き合い、そのダイヤモンドの持つ最高の輝きを追い求める。その中で業を進める日々

ダイヤモンドを究極まで美しく仕上げる事が出来たなら、、、

『究極美、、それは見た人の心を惑わし若しかしたら狂わせるのか?』との問いに

ベルト氏は『そうでなければ、そういう美しさを持ってなければダイヤモンドである意味はない』と仰っておられました。

ベルト氏の磨くダイヤモンドは多くが1ct以下の”ポインター”と呼ばれる小さなサイズのダイヤモンドです。資産価値や動産価値とは少し違うサイズのダイヤモンドを研磨します。だからこそ、それを使う人にとって『自分だけの宝物となる』宝石の王としてのダイヤモンドを届けたい。それに見合う美しさを引き出す。それがフィリッペンス・ベルト氏なのです。

Antwerp Brilliantのシンチレーション(ホワイトライト)

ダイヤモンドの研磨機スカイフにトングに固定したダイヤモンドを押し当てて研磨します。その際ベルト氏の指先に伝わるわずかな振動情報を頼りに100分の 1 ミクロンを磨き込みます。

すべてはダイヤモンドの中に眠る究極の表面研磨にたどり着くため、地上最高の硬度を持つダイヤモンドから強い輝きを引き出すためにどこまでも平面を追い求めて研磨されています。

一つ一つのファセットからベルト氏のクオリティーレベルで眩い輝きを放つまで、そうして研ぎ澄まされた紫電を生み出していきます。

Antwerp Brilliantのディスパージョン

ダイヤモンドに入射した光は内部で反射するたびに分散し七色の光となります。それはまるで原色を纏った無数の光の衝突のよう。

ベルト氏はダイヤモンドの内部で眠る 無限の虹彩(光彩)をダイヤモンドから呼び覚ます究極の研磨角度でダイヤモンドを仕上げます。

光の 3 元素それぞれを最高の状態まで引き出すべく対称性を追い求め、分散光のスペクトルが最高に達したとき、はっきりした光の色がその場で混ざり合うような輝きに。

ベルト氏が目指すのは無限の虹彩、『その光は何色なのか?』と問われれば、それは分類不能の無限色・・・ダイヤモンド色

Antwerp Brilliantのブリリアンス(ファイヤー)

最高のシンチレーションとディスパージョンを備えたダイヤモンドにこそ発揮できるブリリアンスが有ります。それは炎の様な揺らめき、ダイヤモンドの表面が超高温であるかのような光の揺らめき。

蜃気楼のように揺らめいた次の瞬間、すごく直線的ではっきりとした色で輝きを放つまるで燃えているようなダイヤモンド。アントワープブリリアントはそんな輝きを求めて研磨されています。

フィリッペンス・ベルト氏率いる研磨チームは、現在までに約500万個以上のダイヤモンドを研磨しています。フィリッペンス・ベルト氏は2ct以下特に1ct~0.15ctサイズにおいて世界最高クラスの研磨レベルを誇っています。

※ダイヤモンド研磨の世界にはそれぞれ得意と専門のサイズがあります。特に大きなもの、5ct以上大粒、2ct以上、2ct以下の4つの研磨ノウハウの異なる専門分野です。

しかもアントワープブリリアントでは現在フィリッペンス・ベルト氏の為にダイヤモンド原石ROUGHを厳選しています。

世界最高品質のボツワナ・ジュワネング産を中心にナミビア・カナダ・南アフリカの高品質鉱山から選びだされた存在美あるダイヤモンド原石だけをベルト氏の為に選別します。
フィリッペンス・ベルト氏はその中からさらに自身で上位10%だけを厳選(10石あるとベルト氏が選び取るのはわずかに1石のみ)最高のダイヤモンド原石を最高の研磨職人が仕上げるのです。
アントワープブリリアントは正に究極×究極のダイヤモンドなのです。
BROOCH・アントワープブリリアントギャラリーでぜひその至高の輝きをお確かめください。