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ベルギーコラム2013

ベルギーコラム2013

更新:2013年07月28日

2013年ベルギー・アントワープ、マリー姫とダイヤモンドカッター

さて、さて、ついにベルギーの二回目を書くことになりました!アントワープ、言わずと知れたダイヤモンド取引と研磨の聖地です。日本からは色々な行き方が有るんですが、今回は新潟から関西国際空港をハブ空港に使って関空~アムステルダム(オランダ)、そしてそこからは陸路ハイスピード列車でアントワープ中央駅を目指す旅です。

ベルギー・アントワープ スギポール空港駅

新潟~関空は直行便が無いので、いったん新潟から伊丹空港へ、その後電車とバスを乗り継いで関西国際空港へ、関空からオランダのスキポール空港までは約12時間のフライト、日本との時差が夏時間は7時間なので、12時間乗って現地時間の5時間後に到着する事になります。・・・・複雑ですねぇ、逆に帰りは12時間乗ってプラス7時間なので19時間後に日本の到着する事になります。

関空発10:30の飛行機で一路オランダへ、現地時間当日の15:30オランダに無事到着、日本はすでに夜の10時!なんか変な気分、時差ぼけ防止にこのまま夜まで起きてることに決定!

ベルギーのアントワープ中央駅 空港直結

オランダのアムステルダム、スキポール空港駅から、ベルギーのアントワープ中央駅はこの列車で約1時間の道のり、乗り継ぎが3時間もあるのでとりあえず空港内を散策する事に、空港直結で列車の駅が地下に通っているので移動距離もさほどなくコンパクトにまとまってアクセスも良く快適です。
列車は田園地帯を只々まっすぐに進むのでやや退屈な車窓の眺めですが、時折オランダらしく風車が畑の真ん中にある景色が流れていくのが印象的。
目指すアントワープの駅舎はそれ自体が文化財に指定されている重要な建築物!日本から行くといきなりの歴史的建築物にテンションが上がります。

アントワープの駅舎 歴史的建築物

ANTWERP(アントワープ)

ベルギーは1830年に南ネーデルランドから独立した連邦立憲君主制国家で比較的新しい国なのですが、その歴史は古く深いものが有ります、ヨーロッパの中でこの地域が地位的に非常に重要な場所だと言う事と、大きな港と特殊な地場産業を持つ自由貿易の発祥の地であり、周辺国の中で特に大きな富を持っていたことが起因しています。

日本でたとえるとちょうど戦国時代の「堺」みたいなもんでしょうか、ベルギー北部はフランダース地方、南部はワロン地方と呼ばれていて、欧州のちょうど真ん中に位置しており、19世紀まで常に大国同士の戦争の最前線だったことで、ある意味属国のような立場におかれることも多くベルギーの自治権が認められて独立したのは最近と言う事です。

そんなベルギーも中世14世紀にはヨーロッパの経済と文化の中心でした、(※当時はブルゴーニュ公国)フランスとイギリスの100年戦争ではイギリス側に付いて戦いました、ちなみにフランスの聖女「ジャンヌ・ダルク」を破ったのも最前線だったブルゴーニュ公国でした。当時リネンのレースや織物の産地だったこの地域では自由経済で取引される品物にあふれ、公国内の「Brugesブルージュ」と「Antwerpアントワープ」の二つの港はイタリアのベニスからの荷物で賑わい、ヨーロッパでも有数の経済的な要所となっていました。

北部には首都Brusselsブリュッセルもありますが、今回の目的地はそこからさらに北のダイヤモンド研磨の聖地「Antwerpアントワープ」、アントワープできちんと仕事した後はハプスブルグ家の租となった悲運の姫「ブルゴーニュのマリー」の足跡をたって「水の都・Brugesブルージュ」へ行ってきます。

ダイヤモンド取引所

ノートルダム大聖堂 ノートルダム大聖堂

アントワープ アントワープ

上写真は世界遺産に登録されているアントワープのノートルダム大聖堂。1352年から実に170年もの時間をかけて完成した、ベルギー国内でも最高峰のルネッサンス前の中世芸術建築です。

ようやくアントワープへ戻ってきました!今日からしばらくの間ダイヤモンド取引の聖地で活動します。ダイヤモンド取引所の入り口、というより取引所の密集している通りという方が正しいかもですね。緊急時には道路から飛び出してくる特製「車止め」が出ていました。

人間一人分の胴体ほどの太さの鉄柱ですのでダンプなんかでも簡単には乗り越えられないと思います。こうしたダイヤモンド取引所を守るセキュリティーを街単位で装備しているのも、世界一のダイヤモンド取引を誇るアントワープの特徴。いよいよダイヤモンド取引所を紹介いたします!今回お邪魔するのはEuro Star Diamond(ユーロ スター ダイヤモンド)というサイトホルダーです。ダイヤモンドの新しいビジネスを始めるにあたって協力を得たい有力な企業です。

公式HP http://www.eurostardiamond.com/

アントワープにはダイヤモンド取引を行う上で全てのインフラが高次元で整っています、ダイヤモンド鑑定機関、ダイヤモンド取引用銀行、ダイヤモンド輸送会社、ダイヤモンド研磨用機材の販売店等々、さらには街の警備態勢なども高いレベルで維持されている。写真の車止めは緊急時に車で容易に出入りできないようにするために特別に取り付けられている物です。

何といってもダイヤモンド研磨の機器、スカイフを開発して、世界3大カッターの内2人までを輩出していることからも解かるとおり、研磨においてはトップレベルの技術を持つ街なのです。メレサイズからラージストーンまでのすべてのダイヤモンドの品質に万遍なく強くて、最もサイトホルダーの事務所が多いという特徴もあります。

人件費はユーロ圏という事も有って比較的高めで、小粒系のダイヤモンド研磨においては力を失いつつあります。(研磨工場の密集している地名:ケッペン)トリプルエクセレントやH&Cは最終仕上げをアントワープで施すことが多く、研磨の最終仕上げを担当することもダイヤモンドビジネスにおいて集散地としての魅力を高める要素となっています。

ダイヤモンドの全てが揃う世界最大のダイヤモンド集散地がAntwerpアントワープなのです。

しかしベルギー政府の長年に渡る優遇政策から脱税の温床となってしまい、それを強く取り締まられた事や中国とインドの台頭をきっかけに業者の減少が続いています。2010年に訪問した際の印象ではダイヤモンド街の人口はユダヤ人よりもインド人の方が多いと感じるレベルまでインド資本が流入しているようでした。

アントワープは15世紀ころからブルージュの衰退に伴って発達した港町で特にベニスから持ち込まれる交易品や研磨済ダイヤモンドやリネン織物などで栄えました。

D-FLのペアシェイプダイヤモンド5.05ct ラディアントカットのイエローダイヤモンド

(上左)アントワープの事務所で見せてもらったD-FLのペアシェイプダイヤモンド5.05ctこれだけで物凄い品物です。こんな商品がごろごろ・・・1ct当り2000万円だったとしても約1億円って事ですね。まぁこんなダイヤモンドはムリして売る必要のないものなのでコレクションしているんでしょうか?記憶では確か「神田うの」さんの婚約リングのダイヤモンドが5ctのD-FLだった気がする。

指の上に乗せたラディアントカットのイエローダイヤモンド。

ダイヤモンド原石 ダイヤモンド原石

右上の写真は全て研磨前のダイヤモンド原石ですが、この中で一番高品質な原石はどれだと思いますか?透明なフラット系の原石と、角砂糖のような白濁した原石、そして黒くピカピカした原石の3パターンのダイヤモンド原石ですが、なんと、このうち一番高品質は黒い原石のダイヤモンドなのです!この辺はアソーターの経験値なのかもしれません、この後、ダイヤモンドの内包物やどのように研磨すると最適なのか?を看破する機械に乗せてシュミレーションしてもらいました。

とのかく、くものすごい量の原石、ダイヤモンドの原石保有量はサイトホルダー内でも一番二番を争うというのも納得。しかもサイトホルダーは商材をストックする立場ではないのでここにある商品は全て来月にはセルアウトしてしまう。とにかく大きな金額が動くと言う事だけは明確に見えます。

最高品質だったダイヤモンド原石のレプリカ 新潟ダイヤモンド

上右の写真はユーロスターダイヤモンドが今までに研磨した中で最高品質だったダイヤモンド原石のレプリカ、なんとこの原石から90ctD-FLが削り出されたそうです。原石の産地はコンゴ民主共和国、ミレニアムスターなどの大粒高品質ダイヤモンドが産出する国として有名です。じつはコンゴ民主共和国はもともとベルギー領だったこともあり、原産国と研磨地が繋がりやすい地域なのです。現コンゴ民主共和国(旧ザイール)はキンバリープロセスにも加盟する国なので紛争系ダイヤモンドの心配もないクリーンな産地です。

Euro Star Diamond公式HP http://www.eurostardiamond.com/

イスラエルのオギ社製 SCANOX シリーズ

メイカブル オギシステム

ソーヤブルダイヤモンド原石を見せてもらいました。手のひらにのっても存在感がすごいです!写真はイスラエルのオギ社製ダイヤモンド測定器「SCANOX シリーズ」のTENDRE HDという機械、ダイヤモンドのカットプランを立てる事が出来る測定器です。
この機械で見れば何処にどの様なインクリュージョンが有って、どの形に研磨すると一番効率が良いのか?や一つの大きなダイヤモンドに研磨する場合何カラットになるのか?また二つ取る場合はどうか?なども直ぐに画面に表示されます。
ソーヤブルの場合はそれほど難しくないだろうけど、それ以外の崩れた形の原石、「メイカブル」などを研磨する場合は重宝する道具と言えます。
こういった最新機器の技術においてはイスラエルが群を抜いてよい機材を開発している。イスラエルの軍需技術の転用で得た恩恵とはいってもやや複雑な気持ちです。とにかくこの分野でもユダヤ人の力が業界を支配している部分が有ると言う事ですね。

オギシステムの公式HP: http://ogisystems.com/index.html

ダイヤモンドのアソーター VSクラス以上というグレードのダイヤモンド

ダイヤモンドのアソーター、一日中ダイヤモンドのグレードを看破しまくる仕事、この方はE,FカラーのVSクラス以上というグレードのダイヤモンドだけをどんどん抜け出していきます。こういったダイヤモンドの専門家がこのエリアにはたくさんいます。

凄腕ダイヤモンドカッター「フィリップ・ベルト」

凄腕ダイヤモンドカッター フィリップ・ベルト

ベルト氏の作業スピードが速すぎて(上右)写真が上手く映りません!

ケンペン地方の小さな町ネイレン ダイヤモンド研磨

アントワープのケンペン地方の小さな町ネイレン(Nijien)の一見何もない住宅街の中にダイヤモンド研磨のカリスマ「フィリップ・ベルト」の工房があります。ネイレンを含むケンペンというエリアはもともとダイヤモンド研磨の下請け的な工場がいくつも点在していたエリアですが、今はそのほとんどが廃業しており、ほぼ稼動していないとか・・・そんな中にあって日本向けトリプルエクセレントにおいて天才的な研磨技術を持つダイヤモンドカッターがこの地で活動しています。

ラウンドカットのトリプルエクセレントの分野で天才と称されるフィリップ・ベルト氏、ベルト氏は兄の勧めで10代でダイヤモンド研磨の道を志します。彼が小さいころは(今から35年前)この街のだれもがダイヤモンドカッターに憧れた時代だったそうです。ネイレンだけで2,000名以上のダイヤモンド研磨師がいて、ダイヤモンドの研磨師になるための学校も有り、みんな競ってダイヤモンド研磨の学校で技術を習得してプロの研磨師を目指したそうです。

ネイレンには有力なサイトホルダーの研磨工場が軒を連ねていて、最盛期には多くの研磨師でにぎわったそうです、そんな中ベルト氏は通常難しいとされていたダイヤモンド研磨の様々な技術を人並み外れたペースで身に付け、メキメキと頭角を現すと大手研磨工場の工場長の目に留まり1990年にダイヤモンドのアイディアル・メイク、いわゆるエクセレントカットの開発チームに約2,000名の研磨師の中から選出されます。そしてたった3名だけで結成されたトップチームでリーダーに指名されると、ダイヤモンドのCutグレードVery Good以上の品質が極端に難しいとされていた90年時代にエクセレントメイクを連発。

ベルギー品質の高さを世界に印象付け、1993年にはエクセレントカットの人気を不動のものにした「ハート&キューピット」の研磨に成功、研磨業界に新しい常識を作り出しました。現在までにトリプルエクセレント、ハート&キューピットのダイヤモンドを数多く研磨した経歴を持つ凄腕の現役ダイヤモンドカッターなのです。

ダイヤモンド研磨は物凄い集中力が要求されます、研磨面のイメージは100分の1㎜(10ミクロン)の顕微鏡的なミクロの世界で、ダイヤモンドの研磨面(ファセット)を手に伝わる振動を頼りに研磨していきます。このレベルになると一回の研磨での目減り分はなんと0.0001ctの重さです。(グラム換算で0.00001g !)このレベルは今の処、機械では設定不能で正に熟練の職人以外には表現できない分野なのです。

ベルト氏の研磨チームは0.15ct以上のサイズにおいて世界最高クラスの研磨レベルを誇り、現在までに約15万個のダイヤモンドを研磨しており、ダイヤモンドの検品数は累計150万個以上だそうです、ベルト氏は供給されるダイヤモンド原石の中でもTopクオリティーの10%だけを厳選して自身の手で磨き上げていきます。トリプルエクセレントカットのダイヤモンド研磨における世界の巨匠なのです。

ちなみにBROOCHのダイヤモンドはこのカリスマ研磨師のアトリエで一つ一つ丁寧に研磨されています。だからあんなに美しいんですね、その至極の輝きをご自身の目で確認したい方はBROOCH店頭でお待ちしております!

Marie de Bourgougne ブルゴーニュのマリー

ブルゴーニュのマリーを語る際に避けて通れないのが、中世ヨーロッパの歴史、ということで簡単に説明してみます。

1384年フランス王家ヴァロワ家の一族であったブルゴーニュのフィリップ豪胆公が「フランドルのマルガリーテ」と結婚しネーデルランド17州と呼ばれる支配地域から形成されるブルゴーニュ公国の王位となります。(※フランドルとはフランダースの意味で現在のベルギー北部をさします)13世紀、この頃からフランドル地方(ブルゴーニュ公国)はその地理的要因から、特に海洋交易が盛んで、中世ヨーロッパでもっとも栄えていた地域でもありました。経済の要所であるブルージュとアントワープを擁するブルゴーニュ公国はフランス・ドイツ・イギリスの大国の間で力をつけて行きます。

ブルゴーニュ公国は2代目ジャン無怖公3代目フィリップ善良公の代にドイツやフランスの王族との婚姻関係を持ち支配地域を拡大していきます。その支配地域は現在のオランダ南部から南はルクセンブルクまでの広大な領地を広げ一大公国となっていきます。こうしてブルゴーニュ公国はフランスにもドイツ、イギリスにも対抗できる力を持ち一大勢力となっていきます。

4代目シャルル突進公は勇猛な騎士として独自の騎士団「金羊毛騎士団」を率いてフランスのルイ11世に対抗し領土を拡大し、その武名を馳せますが、フランス軍に味方したスイスの傭兵軍に連敗しついにナンシーの戦いで戦死してしまいます。

君主不在のブルゴーニュ公国ではシャルル突進公の一人娘のマリー姫が急きょ当主となりますが、元々フランス領であったブルゴーニュ公国はシャルル突進公の代には独立を宣言していましたが、男子継承者不在の場合フランスに領土返還する約条に乗じて攻め込んできたフランス軍に家臣が相次いで寝返り、ブルゴーニュ公国はフランス軍に占領されてしまいます。ブルゴーニュ公国滅亡の危機!

しかしその時、シャルル突進公の妻でイングランド王の妹マーガレットが機転をきかせ、シャルル突進公が一人娘「マリー公女」の婚約者に指名していた、ポルトガル王家出身で後に神聖ローマ帝国となるオーストリア・ハプスブルグ家のマクシミリアンに救援を求めます。孤立無援だったマリー公女はGent(ゲント)の城に幽閉同然の状態でしたが、ほどなく救援に駆け付けたマクシミリアンは見事フランス軍を撃退し「マリー公女」を救い出します、婚約者同士だった二人は互いに一目で相手を気に入り出会ってたった2時間で結婚します。

その後マクシミリアンはフランスのルイ11世の軍隊を完全にフランドル地方(ブルゴーニュ公国)から駆逐してブルゴーニュ公国の君主となります。

ブルゴーニュのマリー ブルゴーニュのマリー

この時にマクシミリアンがマリーに婚約の証としてダイヤモンドのエンゲージリングを贈ったのですが、これが人類史初のダイヤモンドエンゲージリングと言われています。マリーのMとマクシミリアンのMそして聖母マリアのM、3つのMをデザインしたエンゲージリングだったそうですが、この画像はどこにもないので想像するしかありません・・・マリーとマクシミリアンはとても仲が良い夫婦でいつも行動を共にしていたそうです、二人の息子をもうけますがマリーが24歳の時に妊娠中に落馬事故を起こし、それがもとで死去してしまいます。マクシミリアンはその後妻を迎えますが、一族の肖像画に亡き「マリー」を描かせるなど、マリーへの思いは消える事は無かったそうです。

この後マリーとマクシミリアンの孫にあたるカール大帝がスペインの王位につくと大航海時代には無敵艦隊を率いて世界を席巻する一大帝国を築くことになります。

スペインの王位についたカールにとって故郷であるこのフランドル地方(ブルゴーニュ公国)及びオーストリアなどを飛び地で管轄していたことから、ハプスブルグ家はこの後、「日の沈まない帝国」なんて呼ばれることになり、中世には大きな力を持ちます、フランス革命で有名なあの「マリーアントワネット」もハプスブルグ家の出身者。

シャルル突進公とダイヤモンド

さて今回何故ブルゴーニュのマリーを追いかけているのか?と言えば、マリーの父でブルゴーニュ公国の金羊毛騎士団を率いるシャルル突進公こそ、今日のダイヤモンド業界にとても大きな影響を及ぼしたからなんです。シャルル突進公はローマ皇帝になる事を目指し騎士道を重んじる厳格な反面、豪華な貴族生活を好む無類の宝石好きで、お抱えのダイヤモンドカッターをブルージュの街に数名抱えるほどだったそうです、この中の研磨職人の一人がダイヤモンドをダイヤモンドで研磨する画期的な研磨法を発見したルドウィック・ヴァン・ ベルケム(Lodewyk van Berken)でした。

ユダヤ人系ブルゴーニュ人だったベルケムはもともとはダイヤモンド以外の加工職人でした、ある日ベルケムはダイヤモンドを砕いた粉を使った研磨法を編み出します。地上で最も固いダイヤモンドはダ同じく地上で最も固いダイヤモンドで磨く事が出来る様になりました。シャルル突進公はこの画期的な方法で研磨され今までにない輝きを放つダイヤモンドに大変感激したそうです。

シャルル突進公はこの研磨方法を編み出した研磨師ベルケムに特別なダイヤモンドの研磨を依頼します。当時ダイヤモンドの唯一の産出国だったインド産のダイヤモンドでした、特に有名だったのが『サンシー(Sancy)』です。3つのダイヤモンドに切り出された『サンシー(Sancy)』、最初の一つは『ボーサンシー(Beau Sancy)』。ローマ皇帝を狙うシャルル突進公からの贈りものとして時のローマ法王『シクトゥス4世(SixtusⅣ)』に献上されます。サンシーは35ct、ペアシェイプで世界初の左右対称に研磨された110面のダイヤモンドです。2つ目と3つ目が『サンシー(Sancy Diamond)』55.23ctと『フローレンティン(Florentine Diamond)』137.27ctです。シャルル突進公はダイヤモンドこそ権力の象徴で幸運をもたらすと信じており、常にダイヤモンドを身につけていました、サンシーは1476年にブルゴーニュ軍がフランスのスイス傭兵部隊に大敗した際に敵に奪われてフランスのルイ11世に献上されます。その後世界の名だたる王家の所有となりますが、シャルル突進公の運命の様に『所有する者は、必ず赤き血にまみれる』という逸話を持つなど不遇のダイヤモンドとして知られています。現在はルーブル美術館に保管されています。

フローレンティンは137.27ctのレモンイエロー・ダイヤモンドでした、シャルル突進公が命を落としたナンシーの戦いで身に着けていたとされてます。その後、ハプスブルグ家の家宝として王冠にセットされていましたが、1918年の王権崩壊の際に当時のハプスブルグ王が亡命するために持ち出した後に行方が分からなくなっています。

ブルージュの研磨師『Berkenベルケム』が発明したダイヤモンドでダイヤモンドを磨く方法はその後、スカイフというロクロ状の回転する鉄板の上でダイヤモンドを砕いて粉にしたものを使って磨く現在の研磨法へと進化していきます。ブルージュのダイヤモンド博物館には今も資料が残っていて当時の面影を見ることが出来ます。

マリーの婚約リングにダイヤモンドを用いたのは、その父シャルルが愛した宝石ダイヤモンドにマリーへの愛とブルゴーニュ公としてその遺志を継いでいこうというマクシミリアンの思いを込めたのかもしれません。

シャルルが愛した宝石ダイヤモンド シャルル突進公

Bruges水の都ブルージュ

街全体が世界遺産に登録された城塞都市、フランダース地方の交易の要所として14世紀に最盛期を迎えた港町です。街の中心にはマルクトと呼ばれる広場があり、広場には各貿易の品目ごとのギルドホールとカリヨン(写真下左中、右の塔)鐘楼、西フランドル州庁舎(写真下左)などに囲まれ当時のままに歴史的建造物が残された街並みを楽しむ事が出来ます。

西フランドル州庁舎

ブルージュは9世紀ころにバイキングたちよって開かれたとされる港町で14?世紀、北ヨーロッパ・ハンザ同盟により貿易港として最盛期を迎えます。大国から持ち込まれる様々な特産品や、珍しい品々は各国の国益に影響を及ぼすよう取引レベルだったため、イタリア、ドイツ、スペインなどがこの町に貿易事務所を置くなど、国際取引においてとても重要な役割を果たします。特にイタリアのベニスとの交易量は多かったことから、ブルージュは北のベニスと呼ばれるほどです。当時その他の港で困難だった各国の異なる通貨による交易もブルージュでは可能だったため、異国の言語が飛び交い、珍しい物品が溢れる名だたる国際都市へと変貌していきます。シャルル突進公をはじめとするブルゴーニュ公国の財政を支える要所で、現在のダイヤモンド研磨の基となったスカイフを使った研磨法が発明された地でもある。

15世紀になると大型船が停泊可能だった運河やズウィン湾に土砂が堆積して大型船舶の航行に支障を来たすようになります、運河港としても経済の中心地としてもその重要性を失い規模で勝るアントワープに徐々に貿易港としての機能が移転して衰退していくことになります。

貿易港を失い街としての魅力がなくなると16世紀以降フランダース地方(ベルギー)で最も貧しい街に転落してしまいます。が、19世紀に運河を再興させることに成功、実に400年もの間、開発の手の入らなかったブルージュは中世の街並みをそのままに残す美しい街として、世界遺産にも登録されヨーロッパの一大観光スポットになり当時の輝きを取り戻しました。

LOVE BRIDGEと呼ばれる橋 愛の湖

何処からでも絵になるブルージュの街並み、マリクトのカリヨンが街の色々なところから見る事が出来る、初めてブルージュを訪問する際はこの塔を目印にしていればある程度自分の現在地を把握できるのではないでしょうか?

(上左写真)LOVE BRIDGEと呼ばれる橋、堅牢な石つくりの橋、すれ違うのが困難なくらいの橋の幅!(上右写真)愛の湖は神聖ローマ皇帝マクシミリアンによって放たれた白鳥がいまも沢山羽を休めてました。

Onze Lieve Vrouwe Kerk Bruggeブルージュの聖母教会

「突進公シャルル」が眠る聖母教会 聖母教会

ブルゴーニュのマリー ミケランジェロによる聖母マリア像

「マリー姫」とその父「突進公シャルル」が眠る聖母教会、教会の入り口はいってすぐの部屋には(写真上右)イタリアの芸術家ミケランジェロによる聖母マリア像、この教会はブルゴーニュのマリーが眠る教会と言う事で今回の旅の大きな目的地の一つなのですが、ガイドブックなどでもミケランジェロのマリアの方が取り扱いが大きく・・・なんとなく残念な感じです。

マリーの棺 マリーの棺

マリーの棺には夫マクシミリアン神聖ローマ帝国皇帝の心臓が安置されています、これはマクシミリアンが遺言で自分の心臓はマリーと一緒に眠らせほしいとした事で実現したそうです。マクシミリアンのマリー公女への想いは終生変わらなかったそうです。

カリヨンの下層には巨大なオルゴール カリヨン

(上右)マリクとのカリヨンからの眺望、カリヨンは45の鐘がついて色々なメロディーを奏でる事が出来るのです!しかも(上左)カリヨンの下層には巨大なオルゴールも搭載していた、オルゴールとカリヨンはおよそ5トンの重量だそうです。石つくりの塔内部はところどころ木造で作られている、やはりフレキシブルな木の方がこんな重くてしかも動くものを固定するには向いているのでしょうか?

内部は狭い螺旋階段になっており366段の物凄い急な螺旋階段を上りきると、※僕らは平日に訪れたんですが、それでもかなりの賑わいで、このカリヨンの螺旋階段はおそらく一人用で設計されているので階段の途中ですれ違うのは困難くらいの狭さ!螺旋階段では登りか下りのどちらかが道を譲らないとすすめません!きっと休日は物凄い込み合いになると思うので覚悟が必要です!(笑)

そこには最高の眺めが待っていました!ベルギーなどの中世の街並みを残す街の場合、景観を損ねる理由から建物の高さ制限なんかが有るケースが多く、高いところからの眺めというのはあまりなじみが無いのですが、ここブルージュはカリヨンのてっぺんまで登れば展望室からブルージュの街が一望できます。

アントワープとブルージュの間にも古城 アントワープとブルージュの間にも古城

アントワープとブルージュの間にも古城が点在しています。

このお城もその一つ、しかしこの地域の小さな領主は、大国フランスとイギリス、ドイツ、ロシアなど様々な国のちょうど中間点に有る事から、戦争のたびに捕えられて滅ぼされたりする悲しい歴史の多い地域、城主が不遇な生涯となるケースが多いのでなかなか観光の本にも取り上げられにくいある意味穴場的な観光スポットなのです。ちなみにこういった古城はタイミングが良ければ買って城主になることも出来ます!しかも多くの場合金額はほとんどかからないらしく、先日落札された古城はなんと1ユーロだったとか、※ただし年間の維持費に一億円以上かかるそうです、、、。

ベルギーあれこれ ①修道院と地ビール

修道院と地ビール 修道院と地ビール

ベルギーではそれぞれの街の修道院でビールの醸造をしています。ベルギーはいわゆるクラフトビールの聖地のようなところなのです。ですからすべての街に少なくとも一つ以上は「地ビール」が有ると言う事!写真下右はアントワープ州リールの地ビール、「聖人グラマー」をモチーフに醸造されているもの、ラベルの色違いは、アルコール度数の違いです、ベルギーではこのようにアルコール度数でシングル、ダブル、トリプルと同じ銘柄でだいたい三段階の展開のモノが多く、沢山飲み比べる場合はシングルでいかないと昼前には”へべれけ”になるのでご注意を!(笑)※聖人グラマーは骨折の守り神

ベルギーあれこれ②初夏の名産品「ムール貝」

初夏の名産品「ムール貝」

(上左)ベルギー名物「ムール貝の白ワイン蒸し」!こんな鍋一つ丸ごとでなんと一人前!ひっくりかえるような量が出てきてしまうのでレストランでオーダーするときは一人前で十分かもしれません。

ベルギーあれこれ③ フランダースの犬

ハウス名作劇場で1975年に放送されていた名作アニメ「フランダースの犬」の舞台となっているのがこのアントワープです。※1975って僕の生まれた年!すでに約40年も経っている!!画家になることを夢見る貧しい少年ネロがコンテスト落選の失意の中、最後に目指したのがアントワープのノートルダム大聖堂に飾られている17世紀のアントワープの巨匠「Peter Paul Rubensピーテル・パウル・ルーベンス」の絵画でした。

イエス昇架 キリスト降架

左が「イエス昇架」右が「キリスト降架」この二つの絵を見る為に命を落としたネロ、実はベルギーではあまり知られていない話なのです。日本でのアニメの放送以降、日本人観光客が殺到したことで、ベルギーの人たちもその人気を知ることになったという物語なのです。あまりの人気に御当地ベルギーやアメリカで「フランダースの犬」はアニメやドラマでリメイクされるのですが、話自体が序盤からエンディングにかけて、あまりにも悲惨でかわいそうな話なのでハッピーエンドに変更されたモノなどもあるそうです。

当のベルギー人は「飢えに苦しむ少年を、吹雪の中、家から閉め出したりするような残酷な市民はフランダース地方にはいない!」と怒っているそうです。事実歴史上フランダース地方は19世紀初頭、家畜として牛や馬を買うお金もないほどの疲弊ぶりで、重い荷物を運ばせたりするのに大型犬を使っていたそうです。フランダースの犬の作者はイギリス人で、この地を訪れた時にペットとしてではなく家畜として犬が活躍しているのを見て驚いたそうです。

ホーボーケン ネロとパトラッシュの銅像

(写真上左)アントワープから車で15分くらいの場所にあるホーボーケンというエリアがフランダースの犬の舞台となった町、ここにネロとパトラッシュの銅像があります。

なんとこの銅像は1980年代日本人観光客があまりにも来るので、その受け皿として作られたものだそうです。ベルギーの人たちの間でフランダースの犬という小説がいかに知られていなかったのか、を表す面白いエピソードです。

ちなみにこの銅像は地元の人にはちょっと人気が無く、3~4年に一回程度のペースで移設され続けているそうです。※ホーボーケンというエリアは現在アントワープの中でも労働者増の方が多く住むエリアなので、アントワープの中心街のような安定した治安とは言い難い雰囲気でした。今回僕たちは車で移動していたためブルージュの帰り道にちょっと寄ってきましたが、トラムなどを利用してこの地を訪れようと考えていらっしゃる方はを少し用心した方が良いかもしれません。

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